junkoの日記

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ウルムチ滞在記 番外編.


現代イタリア文学の代表作家カルヴィーノの「見えない都市」という作品があります。
マルコ・ポーロフビライ汗の寵臣となって、空想の様々な都市の様子を報告するという幻想小説。語られる都市の状況は抽象的で、一つずつの街を寓話のように描いている。その数50余り。
現実の都市の中に含んでいる、色々な地区の様子や特性などを抽出して、象徴的にそれぞれを一つの街として描いているような作品です。


自分は都市計画や建築などの専門家ではありませんから、これもその場での印象や気配のようなものを経過報告みたいに書いています。なので、この小説を読んで、こういう描き方もあるのだな、と随分興味をもった次第でした。
そして、この地域はまるでこの小説の舞台のような場所でもありました。





ウルムチ滞在の折に是非訪ねたかったのが、この地域に点在する遺跡です。人が住まないエリアが広大に広がっている場所だからこそ、何世紀も前に建てられたものが、そのまま放置され残っている。
その昔、ここに存在していた街々は、13世紀頃モンゴル帝国によって征服されたりもする。かのチンギス汗の時代です。





ウルムチから東180kmほど離れた所にトルファンがある。
ウルムチから高速バスで約3時間。途中の景色は、砂礫と岩山が広がっているだけ、これまで実際に見た事が無いような異質なものでした。



ウルムチトルファンの中間にある風力発電所。)





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トルファンシルクロード交通が盛んだった頃の要所として栄えた街。その遺構が郊外に数多く残っています。
現在この辺りを通っている高速道路の多くは、シルクロードの時代の道を辿って造られている。ウルムチトルファン間の道は、その昔「天山北路」と呼ばれていて、ここのG312国道はなんと上海まで繋がっており、中国で一番長い国道。


現在のトルファンは、ウルムチの大都市とは比べ物にならないくらい、地方の中規模な街といった風情。見た感じ近年建物の多くが新しく改築されたようで、市街地の様子は小奇麗な印象でした。もちろん高層ビルなどは一切ありませんが。
郊外に大きな油田があったり、観光物産にも力を入れているらしく、近年はこの街も豊かになっているらしいとの事。この辺りの特産で有名なのは葡萄。ワインもなかなか良いらしい。大粒で食べてみるととても甘くてジューシー。(酸味が全く無くあまりの美味しさに、滞在中は市場で葡萄を随分買った。)
ここは世界で一番海抜の低いトルファン盆地にあり、中国国内で夏場は最も高温になる。トルファンでは40度超えも当たり前で、郊外では50度に達する時もある。





まず訪れたのが、トルファンの市街地からさらに東40kmほど行った所にある高昌故城。南北朝時代から唐代にかけて栄えたオアシス都市。
唐代、玄奘三蔵の西域求法の発着地点の都としても知られている。当時の高昌の様子は「大唐西域記」に著されており、630年ここへ訪れた時、王に歓待されて1ヶ月ほど滞在したと言われている。



玄奘三蔵が滞在したという建物の中。ここはなんとなく?修復されていた。)




現在の姿は、建物の原型はほとんど留めていない。それらしき塊が周辺に散在しているだけである。この土地特有の荒涼とした風景の中、遺跡に佇んでいると自分がいつの時代にいるのか分からなくなるような感じだ。
私が訪れた時、他に観光客が全く居らず、物音もほとんど聞こえない。周りは集落と葡萄畑が広がっているのみだが、塁で囲まれていて自分以外には何の気配も感じられない状態のなか遺跡を徘徊している。これまでに無い雰囲気を体験し、余計にそのような感覚となってしまう。




高昌故城とトルファンの間にも、謂われのある場所が。砂礫の広がる中、異様な姿の山が横たわっている。火焔山という標高約500mほどの山だが、砂岩が侵食された独特な赤い山肌が、夏場に陽炎で炎のように見える事で名付けられたそうだ。「西遊記」にも火焔山は孫悟空の活躍する場所として登場する。
ここは中国で最も高温になるスポット(50度超えになるらしい。)としても有名のようだ。確かに影になるような場所が全くなく、緑はもちろん見当らない。




この地域の土地柄は全く極端である。ここでの光景を見て、和辻哲郎の「風土」を思い出した。

風土によって、人間の精神構造がどう形付けられてきたか、を著している書である。この中”砂漠”の章で、「しかるに砂漠はその死せる静寂、死せる色と形、あらゆる生の欠乏によって、我々の生を根源的に脅かす。」という言葉そのままの光景が広がっている。
この”砂漠的”環境では資源は限られていて、人間はそれを巡り共同体を作ったり争ったりする。そして「砂漠的人間は、服従的、戦闘的の二重の性格を得る。」それが一神教つまりイスラム教やキリスト教などが生まれてくる事になっていく、という解釈。



目の前に広がる空間は、集落を一歩離れると、生き物の気配が全く感じられない。ここが自分の慣れ親しんだ環境とは全く違う事を体感する。





日の沈む頃に辿り着いたのが、交河故城。トルファンから西11kmに位置する世界最大、最古級の都市遺跡。紀元前から都として栄え、中国でただ一つ残る漢代からのもの。
岩盤を掘り下げ空間を造った半地下構造となっている。地上には高い建物は無く、見下ろした所に街があるという不思議な造りの街だ。高温対策のためでもあるらしいが、遠方からは街が見えなくなるという利点も。
遮る建物が無いこの場所は、夕陽によってできる遺跡の陰影も見所らしい。