junkoの日記

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最終ミッション(1)

ようやく作品制作も仕上げの段階へ。
今回の渡航の大きな目的のひとつ、以前に会った人にもう一度会い、こちらから或る申し出をお願いする、という事がありました。そのミッション?を達成させる事で、ようやく作品も完成させられるというプランを考えていたのです。
しかし、半年前に偶然異国で出会い、連絡手段もままならない環境で、果たしてこのプランはうまく遂行されるのか、渡航直前まで確定できない状態でした。とりあえず、以前の北京滞在でお世話になった人で、協力者となりそうな人達とメールでやりとりして、渡航数日前にやっと目的が達成できそうな気配になりました。


再会の場所は、以前訪ねた北京郊外にある村です。村の周りはほぼ再開発で更地になり、新しく高層マンションが建ち始めていました。去年の10月、半分以上の家が瓦礫となって、住民もほとんど見かけずゴーストタウンのような場所でした。当初、その趣きに興味を惹かれ、訪れるようになったのですが、偶然出会った村人達に話しかけ事情を聞いているうちに、彼らの取り巻く複雑な現状が色々見えてきました。
残っている人達の大半は、家や土地を多少なり所有しているため、政府が支払う立ち退き料に不満を持っています。さらに加えて、村の役人が住民に渡す代金を横領しているという事もあったり。そのため、不便な環境ながらも抵抗し住み続けているという訳なのです。
このような立ち退きに関する揉め事は、国を問わずある話ですが、具体的な話を聞くと、やはり中国独特な権力構造も見えてきて、彼らの立場を思うと何とも複雑な心境になったりしました。


そのような状態の中で、ひとりの画家の方に出会いました。村から少し離れた場所に、自分でちょっとした絵画館のようなものを建てて、以前は一般に公開していたという老画家です。
彼と出会う前から、村の人達から「村のはずれに有名な画家が住んでいる。」という噂は、何となく聞いていました。普段はずっと家に籠って作品を作っているようなので、やはり偶然の出会いから繋がって、家まで訪れる事ができました。仲介者になってくれた村に住んでいる青年が、私の制作に関して説明すると、突然の訪問者にもかかわらず色々お話をしてくれたのでした。
話の内容は、彼自身がなぜこの村に住む事になったのか、という話ですが、やはり政府からの圧力で色々翻弄された経緯が見え、興味深いものがありました。そんな話をしながらも淡々とした風情があり、彼自ら自分を中国の詩人、陶淵明になぞっていました。なので、不遇な目に合う事には、もはや諦め気味の悟った語り口調で話しつつ、どこか詩的な言回しが印象に残ったのです。
彼の話はヴィデオに記録していたので、帰国してから編集作業をしながら、序々に今回のプランを考えるようになりました。また渡航して制作する事ができるのであれば、是非とも彼に、ヴィデオ作品の要になるような素材を作ってもらえるよう頼みたいと。
そして、彼から貰い受けたものをヴィデオ映像の中に取り込み、作品を作り上げる事が出来るのなら、作品自体がなかなか興味深いものに仕上がるのではないか、と確信めいた気分になったのです。